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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)11201号 判決 1997年8月29日

原告

伊良原勝

被告

牡若了

主文

被告は、原告に対し、金一六七四万四〇三五円及びこれに対する平成四年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億三五七九万五九七八円及びこれに対する平成四年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機により交通整理の行われている交差点における右折普通乗用自動車と直進普通乗用自動車との衝突事故において負傷した直進車の運転手が相手方の運転手に対し、民法七〇九条に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含み、( )内に認定に供した証拠を摘示する。)

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成四年一月二一日午前三時四分ごろ

(二) 発生場所 大阪市西区九条二丁目六番二号先の路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(登録番号なにわ五五ほ七一一九号 以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車(登録番号なにわ三三て五四〇九 以下「原告車」という。)

(五) 事故の態様 被告が、信号機により交通整理の行われている本件交差点を右折する際、原告車の先行車の動静に注意を奪われてしまい、その後の対向車に対する安全確認を怠り、漫然と発進したことにより、直進中の原告車の側面に衝突した。

2  責任

被告は、原告車の先行車の動静に注意を奪われてしまい、その後の対向車に対する安全確認を怠り、漫然と発進し、本件事故を発生させた過失があるから、民法七〇九条により、原告が被った後記損害を賠償する責任がある。

3  原告は、本件事故により、頸椎捻挫、頭部外傷、右鎖骨骨折(癒合部外骨腫形成)、外傷後神経症等の傷害を負った(乙第三から第六まで、弁論の全趣旨)。

自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)では、原告につき、第一二級一二号(局部の頑固な神経症状)及び同五号(鎖骨等の著しい奇形)、併合一一級と認定した(乙第一六、弁論の全趣旨)。

4  入通院の経緯

(一) 大野記念病院

平成四年一月二一日入院(乙第一一)

(二) 大手前病院

入院 平成四年一月二一日から同年二月二〇日まで(三一日間)

通院 平成四年二月二一日から平成五年一〇月二六日まで(実日数三九日)(甲第二)

(三) 三好病院

入院 平成四年五月二七日から平成四年六月一日まで(六日間)

通院 平成四年六月八日から平成六年一〇月一二日まで(実日数一一九日)(甲第三)

なお、その後も原告は、右病院に通院し、平成七年九月一一日時点での実通院日数は二〇八日に及んでいる(乙第一四の三)。

(四) 西宮協立脳神経外科病院

通院 平成六年二月二一日から平成六年三月二四日まで(実日数六日)(甲第四)

5  損害のてん補 五一六万〇五七五円

二  争点

1  後遺障害

(原告の主張)

原告は、本件事故により、次のとおり後遺症を残して、平成五年一〇月二六日、大手前病院において、平成六年一〇月一二日、三好病院においてそれぞれ症状固定の診断を受けた。

原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表第三級三号(以下等級のみ示す。)に該当する。

(一) 右上肢機能の全廃

(1) 右上肢挙上制限及び運動時痛

(2) 右尺骨神経麻痺による握力低下(右手・一〇キログラム、左手・四五キログラム)及び協調運動不全

(3) 振戦

右後遺障害のため、原告は書字、自動車の運転、歯磨き、食事の準備等が不可能、着衣の脱着が困難であり、これらに伴う焦燥感によって集中力及び持続力が著しく低下した。

(二) 自律神経障害

頭痛、顔面紅潮、不眠、焦燥感、集中力・持続力の低下、抑うつ状態が出現し、向精神薬、自律神経薬、鎮痛剤、抗炎症剤等の投与及び注射を継続している。

(三) 右鎖骨骨折部外骨腫(変形治癒)

(四) 歯

平成五年六月ごろから徐々に抜け出し、現在では三二本中、二三本が抜け落ち、なおも二、三本はぐらついた状態にある。

(被告の反論)

原告の主張する後遺障害の相当部分と本件事故との間には相当因果関係がない。

すなわち、右上肢機能全廃は平成五年一〇月二六日を症状固定日とする大手前病院の後遺障害診断書の「上肢・下肢および手指・足指の障害」欄には何も記載されていないのである。

また、歯が抜けたことと本件事故との因果関係は何ら確認できない。

仮に本件事故との間に相当因果関係が認められるとしても、原告が主張するように第三級三号に該当するものではない。

症状固定時については、三好病院の大塚医師が平成四年七月二五日を症状固定日とする後遺障害診断書を作成しているところ、原告の主張する症状の経過から見て、その後症状の改善があったとは認められないから、同日をもって症状固定日と解するべきである。

2  損害

(一) 治療費 九五万八三三三円

(二) 付添看護費 九四万四〇〇〇円

(1) 入院付添費 一八万五〇〇〇円

(2) 通院付添費 七五万九〇〇〇円

(三) 入院雑費 四万八一〇〇円

(四) 通院交通費 四四七万五〇〇〇円

(五) 休業損害 一八一五万〇〇〇〇円

原告は、本件事故当時六六〇万円の年収を得ており、事故時から症状固定時(平成六年一〇月一二日)まで稼働不可能となった。

(六) 後遺障害による逸失利益 八三一八万一一二〇円

右後遺傷害により、原告は、症状固定時の四九歳から六七歳に至るまでの一八年間、その労働能力をすべて喪失した。

(算式) 6,600,000×12.6032

(七) 慰謝料 二一五〇万〇〇〇〇円

(1) 通院慰謝料 三五〇万〇〇〇〇円

(2) 後遺症慰謝料 一八〇〇万〇〇〇〇円

(八) 弁護士費用 一二七〇万〇〇〇〇円

(九) よって、原告は、被告に対し、右損害額の内一億三五七九万五九七八円及びこれに対する平成四年一月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  過失相殺

(被告の主張)

本件事故時、原告は前方を注視していなかったし、相当の高速で走行していた過失がある。

(原告の主張)

原告は、前方を注視していたものであり、衝突まで被告車に気づかなかったのは、被告が一旦停止することなく突然原告車の前方を横切ろうとして原告車の右側面に衝突したからである。

また、原告車は、時速四〇ないし五〇キロメートルで走行していたものであり、制動措置を講ずる余裕がなかったので衝突後停止まで三七・五メートルを要したものである。

第三争点に対する判断

一  原告の後遺障害

1  前記争いのない事実及び証拠(甲第二から第九の二、乙第八、第一一から第一五まで、証人大塚兼正、原告、弁論の全趣旨)によれば、

(一) 原告(昭和二〇年七月五日生まれ)は、シートベルトを着用しないで原告車に乗車中、本件事故に遭い、事故当日である平成四年一月二一日、大阪市西区南堀江所在の医療法人寿楽会大野記念病院(以下「大野病院」という。)に搬送され、同病院で診察を受け、頭部打撲切創、左側頭部異物、右鎖骨骨折、右大腿部打撲で同日より約四週間の通院加療を要する旨診断され、創処置(ガラス異物摘出)を受け、同病院の医師から右鎖骨骨折に対しては手術の方が職場復帰が早くなる旨説明を受け、

(二) 同日、大阪市中央区大手前所在の国家公務員等共済組合連合会大手前病院(以下「大手前病院」という。)に転院し、同病院に入院したこと、当時、原告は独歩できたこと、鎖骨骨折に関してバンド固定で経過観察がされ、同月二二日の頭部CT検査では異常が認められず、同月二六日及び同月二九日には右上肢、右手しびれはマイナス、手指運動良好と観察されていたこと、同年二月六日、医師は同月一七日のレントゲン線検査の結果で退院とする旨指示したこと、同月一八日、看護日誌の同日欄に「昨日は前方挙上出来たが本日は出来ないという」旨の記載が認められ、同月二〇日、経過良好で退院し、退院時診断は頭部外傷Ⅱ型、右鎖骨骨折と診断されたこと、

(三) 原告は、退院後も同病院に通院を続け、同月二八日受診の際、退院後右鎖骨部の痛み、肩鎖関節の痛み、圧痛がある旨訴え、同年三月は一一回、同年四月は八回、同年五月は三回、同年七月は四回、同年八月は一回通院し、同年三月中旬から運動療法(マイクロ波、肩の運動療法)を開始したこと、同月二三日の頸椎MRI検査でも異常が認められなかったこと、

同年三月一六日、大手前病院の門田哲也医師(以下「門田医師」という。)は、原告につき、右鎖骨骨折、右肩腱板断裂の疑い、右上肢循環不全で、さらに向こう少なくとも一か月の加療を要する見込みである旨診断したこと、同月二五日、肩腱板断裂はない旨診断されたこと、

原告は、同年五月二七日午後八時ごろ、西宮市甲子園口所在の医療法人芳惠会三好病院(以下「三好病院」という。)を受診し、一か月ほど仕事のことで悩み、食事が喉を通らない、夜も眠れず、一〇キログラムやせた、部屋が狭い感じがするなど訴え、医師はうつ状態ではないかと診断し、レンドルミン、デパスを処方し、アナフラニールの点滴をしたところ、原告は気分が悪くなり、同日から同病院に入院したこと、

同月二八日、同病院の大塚兼正医師(以下「大塚医師」という。)は、原告を診察し、抗うつ剤のデジレル、プロチアデン、アナフラニール及び抗うつ作用のある精神安定剤デパス等を処方し、以後毎日同様の治療が行われ、原告は入院中特別の訴えをすることもなく、同年六月一日、大塚医師の指示を待たずに退院したこと、

原告は退院後も同病院に通院を続け、同月八日、受診の際、退院後右鎖骨部の痛み、肩鎖関節の痛み、圧痛がある旨訴え、

大塚医師は、原告を診察し、デジレル、プロチアデン、デパス等を処方し、同年六月二七日からは、大塚医師は原告の訴えを時間をかけて聞く精神療法を実施し、原告は、以後毎月二、三回同病院に通院したこと、

同年八月二四日、原告は、大手前病院を受診し、肩の可動域が増えている旨診察され、

同年九月二八日、同病院を受診した際には、三好病院の薬が切れると、身体が赤くなり、震えがくる旨訴えたが、ホフマンテストはマイナス、肩の可動域は増加している旨診察されたこと、

同年一〇月二一日、大手前病院の門田医師は、保険会社に対する「診療経過に関する担当医の所見」と題する書面において、原告に対し、同年五月ごろより就労指示を行った旨、当時原告の右肩の可動域制限のため九〇度以上の挙上が困難であり、就労が制限される旨診断したこと、

同年一一月一一日、原告は、大手前病院を受診し、精神科の薬が切れると全身が真っ赤になる旨訴えたが、肩の可動域は前方一二〇度、側方九〇から一〇〇度である旨診断されたこと、

原告は、三好病院において、同月二一日、身体があつくなり、顔が真っ赤になる旨、

平成五年一月一三日に、後頭神経痛を、同年三月一六日には、脳天がぐるぐるとまう感じがする旨訴えたこと、

大塚医師は、原告の後頭部に鉄板が入ったような状態である旨の訴えに対し、頭部外傷後神経症と診断し、痛み止めのノイロトロピンを処方に加えたこと、

同年五月二四日、原告は大手前病院を受診し、右上肢のしびれを訴えたこと、

同年九月から三好病院への通院回数が増え始め、同月一日には、右手のしびれがとれない旨、同月一三日には身体がしびれてしようがない旨訴えたこと、

大塚医師は、頭部外傷後神経症の影響である手がしびれる旨の原告の訴えが強くなったので、ノイトロピン及び神経痛に効く三つのビタミンの入っているネオラミンの注射で治療を開始したこと、

原告は、同年一〇月一六日、右大腿部の神経痛、右肩関節が引っかかる、後頭部に鉄板が入ったような状態である旨、同年一一月一六日には、両手がふるえ、頭のしびれ感あり、顔面紅潮等を訴えたこと、

以後、同月からボルタレンが、平成六年五月ごろから自律神経の薬であるグランダキシンが加わったが、デジレル、プロチアデン、アナフラニール、デパス、ノイトロピン、ネオラミン等の処方がほぼ続いていること、

(四) 大塚医師は、平成六年一〇月一八日付けで自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し、症状固定日「平成六年一〇月一二日」、傷病名「外傷性神経症、うつ状態」、自覚症状「後頭部不快感、後頭部痛、後頭部に鉄板が入っている感じが強く、右手が振るえる。顔が赤くなる等自立神経症状が強く、車の運転が長時間できない」、精神神経の障害、他覚的症状および検査結果「右鎖骨骨折部の外骨腫著明、変形性頸椎を認める。車に長時間乗れない。頸部運動時に激しい痛みが後頭部に走る。顔面のほてり等自立神経症状は今後とも長期間持続するものと思われる」、肩関節の機能障害、前方挙上(自動)右一〇〇度、左一八〇度、(他動)右一一〇度、左一八〇度、側方挙上(自動)右九〇度、左一八〇度、(他動)右一一〇度、左一八〇度、後方挙上(自動)右三〇度、左四五度、(他動)右三五度、左四五度である旨診断したこと、

西宮協立脳神経外科病院の大村武久医師は、同年一一月一四日付けで、診断書を作成し、傷病名「頸椎捻挫、右鎖骨骨折、右大腿骨骨折、頭部外傷、頸髄損傷の疑い、脳挫傷の疑い」、症状の経過・治療の内容および今後の見通し「X-P・CT・MRIにて精密検査を行う。頸椎五六椎間、六七椎間に椎間板ヘルニアを認めるも事故との因果関係は不明。注射にて経過観察した」旨診断したこと、

大手前病院の谷口俊四朗医師は、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し、症状固定日「平成五年一〇月二六日」、傷病名「右鎖骨骨折、頭部外傷Ⅰ型、頭部挫創、外傷性頸部症候群」、自覚症状「右上肢のしびれ、顔面紅潮、右手ふるえ、耳鳴り、右肩痛、ふらつき感、ほてり感、頸部痛、肩こりなど」、精神神経の障害、他覚的症状および検査結果「<1>右鎖骨骨折変形治癒、<2>右握力低下、<3>右手指二、三、四、五指知覚減弱、<4>下肢腱反射左右差なし、<5>頸椎レントゲン線にて骨傷なし、<6>CT(頸椎)骨傷なし」、である旨診断したこと、

三好病院の整形外科医師岩坪功医師(以下「岩坪医師」という。)は、平成六年一二月二日付けで身体障害者診断書・意見書(肢体不自由用)を作成し、障害名「右上肢運動障害と神経損傷」、原因となった疾病・外傷名「頸椎捻挫(頸髄損傷)、右鎖骨骨折変形治癒」、参考となる経過・現症「平成四年一月二一日交通事故重傷、頸髄不全麻痺、鎖骨骨折変形治癒等により右上肢の神経麻痺及び運動制限を残す」、障害固定又は障害確定「平成六年四月一日」、総合所見「右上肢の挙上不全及び運動痛強く、尺骨神経麻痺を残し、右手のふるえ、握力低下、協調運動不全あり、日常生活能力低下が著しい」、その他参考となる合併症状「外傷性神経症」右肩関節屈曲一二〇度、伸展三〇度、外転九〇度等診断したこと、

大塚医師は、平成六年一二月一六日付けで厚生年金保険、船員保険診断書を作成し、症状固定日「平成六年一〇月一二日」、現在の状態像「抑うつ状態(刺激性、興奮、憂うつ気分、不安)、心気症」、「悲観的になり頭部、頸部、右腕、顔面の発赤等強く、抑うつ的となる」、身体所見「右手脱力、握力低下、ふるえ、書字困難」現症時の日常生活活動能力又は労働能力「右上肢機能全廃」等診断したこと、

三好病院の岩坪医師は、平成六年一二月二八日付けで国民年金・厚生年金保険診断書(肢体の障害用)を作成し、障害の原因となった傷病名「頸椎捻挫(不完全脊髄損傷)、右鎖骨骨折」、傷病が治った日「平成六年一二月一二日」、現在までの治療の内容、期間、経過、その他参考となる事項「頸から肩、腕先の放散痛、右腕のシビレ、握力低下あり。消炎鎮痛剤の服用、注射等の治療を行う」、右肩関節の可動域は屈曲(自動)九〇度、(他動)一〇〇度、伸展(自動)二〇度、(他動)二五度、外転(自動)九〇度、(他動)一〇〇度等診断したこと、

大塚医師は、平成七年四月一八日付けで簡易保険障害診断書兼入院証明書を作成し、入院又は障害の原因となった傷病名「外傷後神経症」、関節の自動運動の範囲(測定平成六年一〇月一二日)肩関節、前方挙上右一〇〇度、左一八〇度、後方挙上右三〇度、左四五度、現在の障害の回復の見込み、障害名「右上肢運動障害」につき固定年月日「平成六年一二月二日」、障害名「右手振戦」につき同日、障害名「外傷後神経症」につき「平成七年四月一八日」である旨診断したこと、

大塚医師は、平成七年六月一〇日付けで障害診断書(保険会社用)を作成し、傷病名「頸椎捻挫(不完全頸髄損傷)、右鎖骨骨折、外傷後神経症」、障害の部位「右肩関節、頸部」四肢関節の運動障害「肩関節」「伸展度~屈曲度右二〇~一〇、左一八〇~四五」、その他の障害の有無「外傷後神経症」、症状固定時期「平成四年七月二五日」である旨診断したこと、

(五) 大塚医師は、原告の症状等につき、頭部外傷後神経症の症状として、不眠、食欲不振、いらいらする、集中力がないなどの精神的、神経症的な訴えのみならず、しびれ、ふるえなど全身的な訴えをしているものであり、脳天がぐるぐるまう感じや右手のしびれは頭部外傷後神経症の影響と考えられ、身体が火照ったり寒くなったり熱くなったりするのは頭部外傷後神経症の患者の訴えによくみられる自律神経の乱れであり、事故から時間が経過したにもかかわらず、痛みの訴えが強くなり、通院回数が増えたのは、仕事や家庭的な面が頭部外傷後神経症の症状を増強してもおかしくはない旨、

右鎖骨骨折部の外骨腫により、周辺の神経を圧迫したりして腕の挙上が制限されている旨、

頸髄不完全損傷の病名は、頸部の捻挫、右手のしびれ脱力等から推測したものであり、パーキンソン氏病の病名は、原告の手の震え、しびれにつき、保険請求の名目上付けたに過ぎない旨、

交通事故が原因で原告の歯が抜けたとは確認できていない旨、

平成六年一〇月一八日付けで作成した自賠責保険後遺障害診断書において、症状固定日を平成六年一〇月一二日としたのは、後遺障害診断書の作成の求めがあったのでその時点をもって固定としたもので、外傷だけに注目すれば平成四年七月二五日ごろから症状の変化はなく、症状固定時期は平成六年一〇月一二日より前であった可能性もある旨、

後遺障害診断書を作成する際には三好病院の整形外科の医師と相談して判断を下したが、治療は大塚医師が担当する精神神経科で行った旨、

原告の症状に照らし、原告は集中して何かを時間内に仕上げるというような労務に就くことはできないと考えている旨供述していること、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する原告の供述部分は採用することができない。

2  前記1の事実によれば、

(一) 原告は、本件事故により負傷し、頸椎捻挫、頭部外傷、右鎖骨骨折等の傷害を負い、右鎖骨骨折については変形治癒の後遺障害を残して症状固定したと認めることができ、右後遺障害は第一二級五号に該当すると解する。

(二) また、原告は、頭部外傷後神経症に罹患し、頭痛、顔面紅潮、不眠、焦燥感、集中力・持続力の低下、抑うつ、振戦等が出現し、頭部外傷後神経症は本件事故による頭部外傷によるものと認められ、原告の右症状と本件事故との間には相当因果関係があると解され、その後遺障害は第一四級一〇号に該当するものというべきである。

(三) 原告は、右上肢機能全廃の後遺障害が生じた旨主張し、証拠中にはこれに沿う部分もあるけれども、前記1の原告の右肩の可動域制限の程度、医師は、それが右鎖骨骨折部の外骨腫により、周辺の神経を圧迫したりして生じていると考えていること等に照らすと、右上肢機能が全廃となった旨の原告の主張は理由がないが、本件事故と右肩の可動域制限との間には相当因果関係があると解され、その制限の内容及び程度を勘案すれば、第一二級六号に該当するものというべきである。

(四) 原告は、本件事故と原告の歯が抜けたこととの間には相当因果関係がある旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠がなく、却って、証拠(証人大塚兼正)中には交通事故が原因で、原告の歯が抜けたとは確認できない旨の部分があり、原告の右の点に関する主張は理由がない。

(五) 症状固定時期

原告は、平成四年二月二〇日、経過良好で退院し、その後、右鎖骨部の痛み、肩鎖関節の痛み、圧痛についてはほぼ変化がなく、その後の頭部外傷後神経症に起因する症状、医師の処方した薬の内容、大塚医師が、症状固定日を平成六年一〇月一二日としたのは、診断書の作成の求めがあったのでその時点をもって固定としたものであること等の事実に鑑みれば、原告の本件事故による傷害は平成五年一〇月末日ごろをもって症状固定したものと解するのが相当である。

二  損害

1  治療費 九五万八三三三円

証拠(甲第一四の3、乙第一六、弁論の全趣旨)によれば、原告が本件事故により負傷し、その治療のための費用として、少なくとも、原告主張にかかる九五万八三三三円を要したことを認めることができる。

2  入院雑費 四万八一〇〇円

前記争いのない事実等によれば、原告は大手前病院及び三好病院に合計三七日間入院したことが認められ、一日当たり一三〇〇円の雑費を要したものと解するのが相当である。

3  付添看護費 〇円

前記一で認定した事実によれば、原告の本件事故による負傷部位、入院時の状態等に照らし付添看護の必要性は認めることができない。

4  通院交通費 〇円

原告は、大手前病院、三好病院、西宮協立脳神経外科病院にそれぞれ自宅からタクシーで通院した旨主張し、証拠(原告)にはこれに沿う部分があるけれども、原告の本件事故による負傷の部位、退院時の状態等を勘案すれば、通院にタクシーを利用する必要性は認めることができず、原告の主張は理由がない。

5  休業損害 五七二万〇〇〇〇円

原告は、本件事故当時、建築関係の取っ手金具を卸す会社の代表取締役をし、平成三年度には六六〇万円の年収を得ており、事故時から症状固定時(平成六年一〇月一二日)まで稼働不可能となった旨主張し、証拠(甲第一〇)によれば、原告は平成三年度に六六〇万円の収入があったことが認められるところ(なお、右金額に労務の対価以外の利益配当部分が含まれていることを認めるに足る証拠はない。)、前記一の入通院の経緯、門田医師が、原告に対し、同年五月ごろより就労指示を行ったが、当時原告の右肩の可動域制限のため九〇度以上の挙上が困難であり、就労が制限される旨診断していたこと、平成五年一〇月末日ごろをもって症状固定したものと解されること等に鑑みれば、原告は本件事故から約四か月間は一〇〇パーセント、その後の約八か月間は七〇パーセント、その労働能力の制限を受けたというべきであり、その間の休業損害は右のとおりである。

(算式) 6,600,000÷12×(1×4+0.8×8)

6  後遺障害による逸失利益 一一六四万五三五六円

原告は、本件事故による後遺傷害により、症状固定時の四九歳から六七歳に至るまでの一八年間、その労働能力をすべて喪失した旨主張するところ、原告は、本件事故により、前記一のとおりの後遺障害を残したものであるが、本件事故により原告に生じたと解される後遺障害のうち、鎖骨変形障害は、それ自体で原告の労働能力に影響を与えるものとは解することができず、頭部外傷後神経症、右上肢の可動域制限等の後遺障害により、症状固定後労働可能上限年齢である六七歳までの一八年間にわたり、その労働能力を一四パーセント喪失したものと解するのが相当であるから、前記5の収入を基礎にして、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算定すると、右のとおりとなる(円未満切り捨て。以下同じ。)。

(算式) 6,600,000×0.14×12.6032

7  慰謝料 四三〇万〇〇〇〇円

前記認定の原告の受傷部位及び程度、治療経過、後遺障害の内容及び程度、年齢、その他の諸事情を考慮すれば、慰謝料としては、通院分一〇〇万円、後遺症分三三〇万円が相当である。

三  過失相殺

1  証拠(乙第一から第一〇まで、原告)によれば、

本件事故現場は、別紙図面1のような、東西に伸びる道路とほぼ南北に伸びる道路とが交わる信号機による交通整理の行われている交差点であって、いずれの道路も歩車道の区別があり、原告は東西道路を東進してきて本件交差点を直進し、被告は東西道路を西進してきて本件交差点を右折し北へ進行する際に発生した事故であること、原告が走行していた東西道路の東行き車線は本件交差点の西側で幅員約一七・七メートル(分離帯部分二・〇メートルを含む。)の六車線、被告が右折後走行しようとしていた南北道路は本件交差点の北側で片側二車線の四車線幅員約一六・一メートルであること、本件事故現場付近の道路は市街地に位置し、南北道路の最高速度は時速四〇キロメートルに指定され、東西道路の最高速度は時速六〇キロメートルであって、路面はアスフアルト舗装され、平坦で、本件事故当時は乾燥していたこと、本件交差点付近は明るく、見通しは良いこと、

被告は、本件交差点の東詰めで信号待ちをし、対面信号が青色になったので右折を開始し、別紙図面2の<1>地点(以下地点符号のみ示す。)で二、三台の車をやり過ごした後、右方の通過した車両の方を向いたまま発進し、三・四メートル進んだ<2>を時速約一〇キロメートルで走行してかた時、時速約五〇キロメートルで走行していた原告車<ア>を一九・一メートル先に発見し、急ブレーキをかけたが<3>で原告車<イ>と<×>で衝突したこと、衝突後、被告車は<4>に停車し、原告車はそのまま走行して、<ウ>で停車車両に衝突して停止したこと、原告は<1>で停止していた被告車を見ていないこと、

被告は本件事故前日の午後七時から午後九時ごろにかけて友人宅でビールを大瓶二本分程度飲み、本件事故後の平成四年一月二一日午前五時一五分にに大阪府西警察署の司法警察員によって実施された酒酔い酒気帯び鑑識テストの結果、呼気一リットル中に〇・一ミリグラムのアルコールが検出されたこと、

以上の事実を認めることができる。

2  1の事実によれば、被告には、交差点において右折する際に左前方を対向進行してくる車の動静に対する注意を欠いた過失があり、他方、原告には、本件事故時、交差点内に停止していた被告車の存在に気づいていなかったものであって進路前方に対する注意が十分でなかった過失があるといわざるを得ず、本件事故に関する原告及び被告の過失割合は、概ね原告の一、被告の九と解するのが相当である。

3  前記二の原告の損害額合計二二六七万一七八九円に右2の過失割合で過失相殺による減額を行うと残額は二〇四〇万四六一〇円となる。

四  前記争いのない事実等によれば、原告は本件事故の損害のてん補として五一六万〇五七五円を受領したことが認められるから、前記三3の残額から右金額を控除するとその残額は一五二四万四〇三五円となる。

五  弁護士費用

本件不法行為による損害として被告に負担させるべき弁護士費用は一五〇万円が相当である。

六  以上のとおりであって、原告の本訴請求は一六七四万四〇三五円及びこれに対する平成四年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言について同法一九二条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石原寿記)

別紙図面 1

別紙図面 2

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